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NHKブラタモリ「東京・赤羽▼都内で大人気!せんべろの町・赤羽はどうできた?」

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新宿まで電車で15分!都心へのアクセスも抜群の赤羽は、“千円でベロベロに酔える”=“せんべろ”の町としても大人気!そんな赤羽の町はどう発展したのか、その秘密に迫ります。

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東京・赤羽を訪れ、旅のお題「せんべろの町・赤羽はどうできた?」を解き明かした回です。

赤羽駅の東側には居酒屋が密集し、リーズナブルにお酒が楽しめる町として人気で、どのようにしてにぎわう町になったのか、町の発展をたどりました。

西側は台地、東側は低地という地形で、この境に明治18年に品川と赤羽を結ぶ鉄道が通り、赤羽駅ができたことで、町が大きく発展していったそうです。

戦後、西側には軍の施設跡に巨大な団地ができて、人が増えていったそうです。そして東側は、空襲で大きな被害を受けますが、その跡に闇市ができ、そこから復興を願って商店街が生まれ、居酒屋が増えていったそうで、いろいろな出来事が重なって今のにぎわいにつながったことがよく分かりました。
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NHKブラタモリ「琵琶湖クルーズ▼琵琶湖はなぜ日本一の湖であり続けられるのか?」

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旅の舞台は、日本一大きな湖・琵琶湖。400万年前に誕生し、いまも巨大な姿を保ち続けている理由とは?東側に広がる肥沃な穀倉地帯と西側にそびえたつ山々を比較することで、琵琶湖が長生きな秘密を解き明かす!▼巨大な北湖誕生のカギを握っていたのは湖に浮かぶ小さな島!?湖底に広がる驚きの地形とは。さらに琵琶湖の未来の姿にまで迫る!?▼なぜ日本一の湖であり続けられるのか?タモリ大興奮のスペシャルクルーズで探る!

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琵琶湖を船で南から北へ巡りながら、旅のお題「琵琶湖はなぜ日本一の湖であり続けられるのか?」を解き明かした回です。

ふつう湖は、だんだんと砂や土砂が流れ込んで、やがて埋まる運命にあるそうです。

ところが琵琶湖は、400万前に誕生した、世界でも有数の長生きな湖だということです。他の日本の湖でも、長くても20万年だそうで、琵琶湖がいかに長生きかがうかがえました。

琵琶湖の成り立ちを探っていくと、長生きの理由が分かりました。

実は、琵琶湖は最初は小さな湖で、三重県伊賀市の辺りにあり、長い年月をかけて、だんだんと移動してきたということです。

どうやって湖が移動したかというと、断層が関係しているそうです。
断層で沈み込んでできたくぼ地に湖の水が流れ込んで移動し、また近くに別の断層ができて水が流れ込んで移動し...と、断層のリレーによって移動を繰り返し、現在の姿になったそうです。

琵琶湖が今の形になって約40万年。なぜ土砂で埋まらないのか?

これも断層が関係していて、土砂は周辺の川から流入し続けていますが、断層により湖底が沈み込み続けているためだということです。
この土砂と断層の奇跡的なバランスにより、琵琶湖があり続けているとことがよく分かりました。
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​NHKブラタモリ「川崎大師と鉄道▼川崎大師の人気と鉄道の意外な関係 初詣の謎も」

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前回に引き続き、日本有数の初詣スポット、川崎大師の人気の秘密に迫ります。今回は明治時代、川崎大師参詣を目的につくられた鉄道のおかげで、川崎が大きく発展していった歴史を解き明かします。お正月の「初詣」の習慣と鉄道の意外な関係とは?京浜急行大師線に乗って、終点へ。昔の廃線跡にある工場に、タモリさん大興奮!さらに川崎大師の名物と、鉄道の意外な関係とは?

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川崎大師と鉄道の関係を解き明かした回です。

明治時代、鉄道が誕生したことで、川崎大師の人気がさらに高まったということです。

鉄道ができたことで「初詣」という習慣と名前が、この頃、川崎大師を中心にできてきたと言われるそうです。

電車が通ることで、電気が必要になるため、火力発電所ができたそうです。さらに、この電気を利用して沿線に工場を誘致していったことで、京浜工業地帯へと発展していったということで、川崎大師の人気が日本の産業の発展に大きく影響したことを知りました。

最初に、川崎大師の名物「九寿餅(くずもち)」が紹介されましたが、この鉄道の話と最後につながっていて、名物になった理由がよく分かりました。
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NHKブラタモリ「日本有数の初詣スポット川崎大師 その人気の秘密に迫る」

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厄除けで有名な、神奈川県の川崎大師。お正月には、数多くの参拝客でにぎわう日本有数の初詣スポットです。その人気の秘密を、2回にわたってタモリさんが解き明かします。平安時代、漁師が海中で発見した“光るご本尊”の正体とは?江戸時代、徳川将軍の参拝をきっかけに厄除け人気が高まったって…一体どういう事?本堂から外に出ると、Uターンしている謎の参道…驚きの理由は、東海道と川崎宿にあった!?

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神奈川県の川崎大師を訪れ、その人気の秘密を解き明かした回です。

初詣や厄除けで有名な川崎大師の正式名称は「平間寺(へいげんじ)」。
真言宗智山派の大本山で、平安時代から続くお寺だということです。

お寺のご本尊は、一般には仏様だそうですが、
川崎大師のご本尊は「弘法大師(空海)」をおまつりしていて、非常に珍しいということです。川崎大師と呼ばれるのもこのことに関係しているそうです。

人気が高まっていった理由には、幾つかの出来事が関係しているということで解説がありましたが、大きな理由として、東海道がそばを通っていて、川崎宿があったことだということです。

東海道からのアクセスが良く、泊まれる宿もあって、多くの人が参拝に訪れるようになったということでした。

次回も続きで人気の秘密を探っていくということで、面白そうです。
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​NHKブラタモリ「豊臣と近江八幡▼最先端の商業都市!激動の時代が生んだ近江商人」

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風情ある町並みが残り、年間200万人以上の観光客が訪れる“美しい水郷の町”滋賀・近江八幡▼安土の商人が再起をかけたのは八幡の町だった!?▼城下町の繁栄を狙い、豊臣が緻密に築き上げた最先端の商業都市。その驚きの環境とは?▼タモリ夏の必須アイテムは、近江商人が生んだ大ヒット商品だった!?▼タモリも驚き、うなった!苦難を乗り越えた商人による波乱万丈の物語。信長から豊臣、そして近江商人へと続く歩みをたどる

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滋賀・近江八幡を訪れ、旅のお題「近江商人を生んだ豊臣の町づくりとは?」を解き明かした回です。

近江八幡は、秀吉と甥の秀次がつくった町で、八幡山城を築いて、その城下町に安土の商人たちを移住させたということです。

そうして豊臣は、運河や排水を整備するなどして、信長がつくった安土を超える町を作ろうとしたということです。

秀吉は、秀次を後継者にしようと考え、この近江八幡の領地を秀次に与えたそうです。ところが、秀吉に実の子・秀頼ができたことで、秀次は謀反の疑いをかけられて切腹させられ、八幡山城は廃城となったそうです。

残った八幡の商人たちは、武士に頼るのをやめて、外へ行商へ出て全国に進出。それが近江商人となったそうで、安土・近江八幡と移り住み、苦難を乗り越えて近江商人たちが生まれたことがよく分かりました。
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​NHKブラタモリ「信長の安土城▼わずか3年で消えた幻の城!信長が描いた夢とは?」

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天下統一を目前に、わずか3年で消えた幻の城・安土城。織田信長が人生最後に描いた夢に迫ります!お城の定番スタイルは安土城が始まり!?天主へ続くまっすぐな道に秘められた信長の夢とは?▼びわ湖を制し、城下町を繁栄させるための緻密な戦略を探ります。楽市楽座で実現した気品ある城下町っていったい?1000年以上続く家で発見した古文書が物語る“伝説の勝負”とは?信長が愛した相撲の秘密に迫る。城のライトアップも!

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琵琶湖のそばに織田信長が築いた安土城跡を訪れ、安土城に信長が描いた夢を解き明かした回です。

安土城は、天下統一を目前に築かれ、完成した3年後に本能寺の変があって、わずか3年の短い期間しか存在していない幻の城とも言われるそうです。

当時の安土城を再現したCGが紹介され、地上6階地下1階、高さ46mという城の姿がよく分かりました。

この安土城は、後の城に大きな影響を与えていて、①高層天守、②高い石垣、③瓦ぶきは、城づくりの3つの定番となったそうです。

天主までは真っすぐな道「大手道」が通っていましたが、これが信長が描いた夢の一つで、
天皇を迎えるための道として真っすぐ整備したと考えられるそうです。

立地では、琵琶湖の水運を生かせる絶好の場所にあり、「琵琶湖を制する者は天下を制す」とも言われるそうで、天下統一のために琵琶湖を制したということでした。

信長が壮大な夢を描いた安土城ですが、わずか数年で消えてしまうこととなり、儚いものに感じられました。
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​NHKブラタモリ「京都・二条城▼世界遺産&国宝二の丸御殿へ!徳川三代の思惑とは」

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今回の舞台は京都・二条城▼世界遺産・二条城に隠された徳川三代の思惑を探る。大政奉還の舞台となった国宝・二の丸御殿へ。京都における将軍家の拠点、城の造りと立地に込めた初代・家康の緻密な戦略とは?美しい庭園に幻の御殿の痕跡を発見!2代・秀忠&3代・家光による大改築、その裏に隠された壮大な計画が明らかに。天皇を魅了した!?天守から眺める京都の絶景&江戸時代の始まりと終わりを見届けた城の運命にタモリ感嘆

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京都・二条城を訪れ、旅のお題「二条城に隠された 徳川三代の思惑とは?」を解き明かした回です。

二条城は、江戸幕府が開いた1603年に家康が築いたお城で、将軍が京都へ来たときの宿泊場所としてつくられたということです。

家康の意図として、京都御所があるため、御所からはある程度距離を離した場所に築き、武士の権威を示しながらも、あまり強固でないつくりにすることで、天皇に配慮を示したと考えられるそうです。

その後、二代・秀忠、三代・家光は、大規模な増改築をして城を発展させたということです。

増改築した理由は、天皇を迎えておもてなしするためだったということです。秀忠の娘は天皇家に嫁いでいて、天皇をおもてなしすることで、さらに天皇家との関係を深める思惑があったそうです。

残念ながら、秀忠の娘が産んだ子は幼くして亡くなり、天皇の後継者にはなれなかったそうですが、もしそうでなかったら、江戸幕府は続いていたかもしれないという専門家のお話でした。

二条城は、江戸幕府の始まりに築かれ、大政奉還がおこなわれ江戸幕府の終わりにもなった、歴史の重要な舞台だったことがよく分かりました。
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NHKブラタモリ『蔵王温泉▼大人気!雪国リゾート誕生の秘密&神秘の絶景「樹氷」』

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今回の舞台は山形・蔵王温泉▼温泉・スキー場・樹氷の3つの魅力から大人気・雪国リゾート誕生の秘密に迫る旅。タモリ絶賛の名湯!日本屈指の強酸性温泉はなぜ湧き出た?湯けむりの温泉街を歩いた先で謎の傾斜を発見!火山の山体崩壊が温泉街とスキー場を生んだっていったいどういうこと?さらにはロープウエーで山上の高原へ。冬の蔵王を象徴する神秘の絶景・樹氷を体感!最後は蔵王をこよなく愛した白洲次郎ゆかりの山荘に感動

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前回に続き、山形・蔵王を訪れ、お題「雪国リゾート 蔵王温泉はどうできた?」を解き明かした回です。

「温泉・スキー場・樹氷」の3つの魅力から人気という蔵王温泉。
それぞれの魅力がどのようにしてできたか、地質地形の観点から解き明かしました。

温泉・スキー場の成り立ちに関係するのが、8万年前に起こった大規模な山体崩壊だということです。もともとは大きな火山があったそうですが、山体崩壊が起こって山が崩れ、できた窪地に強酸性の温泉が湧き、崩れてできた斜面がスキー場になったということです。

樹氷については、朝日連峰と蔵王連峰の2つの山があることと、「過冷却水滴」という、0℃でも凍らない水滴ができる現象が関係しているということです。

冬になると大陸から吹く、水分をたくさん含んだ季節風が朝日連峰にぶつかって大きな雪雲をつくり、雪雲の上のほうは過冷却水滴となるそうです。その過冷却水滴が、蔵王連峰のアオモリトドマツにぶつかった衝撃で凍り、樹氷の絶景ができるということです。

さまざまな奇跡的な条件が重なって、「温泉・スキー場・樹氷」がセットになった雪国リゾートが生まれたことがよく分かりました。
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NHKブラタモリ「蔵王▼山頂へ!火山が生んだ奇跡の絶景&江戸時代の大ブームとは」

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今回の舞台は宮城県と山形県にまたがる蔵王連峰▼なぜ人は蔵王をめざす?江戸時代に大ブームとなった信仰登山“御山参り”の秘密に迫る旅へ。スタートは火山の噴火が生んだ火口湖“御釜”の絶景から。山頂の神社で痕跡を発見!人気旅のルーツは古くからの山岳信仰にあった?参拝ルートに広がる奇跡の絶景の数々にタモリ大興奮!約30万年前からの溶岩流が歩きやすい道を生んだ?最後は登山後のお楽しみ!麓に待つ極上の温泉街へ

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宮城県と山形県にまたがる蔵王連峰を訪れ、旅のお題「火山が生んだ大ブーム 人はなぜ蔵王を目指す?」を解き明かした回です。

蔵王という山があるわけではなく、この一帯の山々を総称した名称だということです。

江戸時代、庶民らが蔵王を目指す「「御山(おやま)参り」の信仰登山が大流行したそうです。

なぜ山頂を目指して登ったのか?
江戸時代以前から蔵王の山々では修験道信仰が盛んだったということです。山頂の神社では修験道の中心的なご本尊「蔵王大権現」を祀ってあり、それが山頂を目指した理由で、このあたりを「蔵王」と呼ぶのも、蔵王大権現をお祀りしたのが始まりだそうです。

それが大ブームとなった大きな要因は、山頂の火口に溜まった湖「御釜(おかま)」にあるそうです。この江戸時代ごろに火口に水が溜まったと考えられ、山頂の絶景を見ようと、多くの人が訪れたそうです。

そのほかにも、「賽の河原」と呼ばれる荒涼とした景色が広がっていたり、大量の溶岩流が流れ出してできた歩きやすい地形のため日帰りで山頂まで行って帰って来られたり、そして旅の最後にふもとの町で温泉に入れたりと、いくつもの旅の魅力があるということで、大きなブームになったことがよく分かりました。
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