NEW
NHK Dear にっぽん「隣はライバル ~北海道・旭川 2つの吹奏楽部~」
- 映画・テレビ鑑賞
(番組HPより)
北海道の田園地帯に響く、吹奏楽の音色。旭川市に全国トップを狙う中学校の吹奏楽部が2つある。なんと両校は同じ地区にある、隣の学校。なのに演奏スタイルはまったく異なる。個人の技術を重んじる永山中は部長がソロ演奏で牽引。チームの運営を生徒が担う永山南中では4人の部長が作戦を練る。普段はライバルだが全国コンクールを前に1日だけ合同練習を開催。すると相手の気迫にショックを受け…。中学生の青春の日々を追った。
---
北海道旭川市の同じ地区にある2つの中学校の吹奏楽部の日々を追った回です。
永山中学校(永中)と永山南中学校(永南)。
わずか3キロしか離れていない隣り合う学校で、共に吹奏楽でトップレベルを争っていて、ライバルどうしでした。
永中は、個人の演奏技術の高さが特徴で、言わば「技術の永中」。
永南は、伝統的に生徒たちが主体となって部を運営していて、言わば「チームの永南」。
部長も対照的で、永中の部長は実力者ですが姿勢が消極的、永南の部長はリーダーシップが強すぎることも。
そんなまったく異なる2つの吹奏楽部の生徒たちが、それぞれ悩んだり本音をぶつけ合ったりしながら成長し、全国大会に挑む姿が見られて、爽やかなドキュメントでした。
北海道の田園地帯に響く、吹奏楽の音色。旭川市に全国トップを狙う中学校の吹奏楽部が2つある。なんと両校は同じ地区にある、隣の学校。なのに演奏スタイルはまったく異なる。個人の技術を重んじる永山中は部長がソロ演奏で牽引。チームの運営を生徒が担う永山南中では4人の部長が作戦を練る。普段はライバルだが全国コンクールを前に1日だけ合同練習を開催。すると相手の気迫にショックを受け…。中学生の青春の日々を追った。
---
北海道旭川市の同じ地区にある2つの中学校の吹奏楽部の日々を追った回です。
永山中学校(永中)と永山南中学校(永南)。
わずか3キロしか離れていない隣り合う学校で、共に吹奏楽でトップレベルを争っていて、ライバルどうしでした。
永中は、個人の演奏技術の高さが特徴で、言わば「技術の永中」。
永南は、伝統的に生徒たちが主体となって部を運営していて、言わば「チームの永南」。
部長も対照的で、永中の部長は実力者ですが姿勢が消極的、永南の部長はリーダーシップが強すぎることも。
そんなまったく異なる2つの吹奏楽部の生徒たちが、それぞれ悩んだり本音をぶつけ合ったりしながら成長し、全国大会に挑む姿が見られて、爽やかなドキュメントでした。
NEW
テレビ東京『女王の法医学 ~屍活師~2』
- 映画・テレビ鑑賞
(番組HPより)
天才的な能力を持つが、そのわがままな言動から「女王」との異名を持つ法医学准教授・桐山ユキ(仲間由紀恵)。脳外科志望にもかかわらず、ここに配属された医学生の犬飼一(松村北斗)は、ユキに“ワンコ”と呼ばれ、こき使われながらも、慣れてきた様子だ。
そんな折、男がビルから転落死する事件が発生。刑事・村上衛(田辺誠一)が挙動不審な男を追跡する最中で起きた。
---
再放送を視聴。
天才的な解剖医の主人公の女性が、会社社長と妻の殺人事件の解明に挑む物語です。
殺害があった家では宝飾品が盗まれており、盗んだ男の犯行と考えられましたが、主人公が遺体から気づいた些細なことから、同時に死亡していない可能性があることが明らかに。
被害者夫婦の複雑な人間関係や遺産相続も絡んで、複雑な事件であることが分かってきますが、医学生の若者、県警捜査一課の刑事の協力のもと、遺体の声を聞きながら真相に近づいていき、そして、すべてが明らかになり、一筋縄ではいかない事件でした。
天才的な能力を持つが、そのわがままな言動から「女王」との異名を持つ法医学准教授・桐山ユキ(仲間由紀恵)。脳外科志望にもかかわらず、ここに配属された医学生の犬飼一(松村北斗)は、ユキに“ワンコ”と呼ばれ、こき使われながらも、慣れてきた様子だ。
そんな折、男がビルから転落死する事件が発生。刑事・村上衛(田辺誠一)が挙動不審な男を追跡する最中で起きた。
---
再放送を視聴。
天才的な解剖医の主人公の女性が、会社社長と妻の殺人事件の解明に挑む物語です。
殺害があった家では宝飾品が盗まれており、盗んだ男の犯行と考えられましたが、主人公が遺体から気づいた些細なことから、同時に死亡していない可能性があることが明らかに。
被害者夫婦の複雑な人間関係や遺産相続も絡んで、複雑な事件であることが分かってきますが、医学生の若者、県警捜査一課の刑事の協力のもと、遺体の声を聞きながら真相に近づいていき、そして、すべてが明らかになり、一筋縄ではいかない事件でした。
NEW
NHKにっぽん百低山「蠑螺ヶ岳・福井」
- 映画・テレビ鑑賞
(番組HPより)
福井県の中央に位置する港町、敦賀。冬が近づくと福井が誇る高級ブランド「越前ガニ」が水揚げされてくる。そんな敦賀の港から間近に臨めるのが、標高685mの「蠑螺ヶ岳(さざえがたけ)」だ。古くは若狭湾をゆく船の目印にもなってきたというこの山、実は「越前ガニ」のうまさの秘密を握っているというのだ。そのキーワードは「プールとウォータースライダー」?カニ好きのももクロ・高城れにとその謎を解きに山頂を目指す!
---
福井県敦賀市の「蠑螺ヶ岳(さざえがたけ)」に、吉田類さんとアイドルの高城れにさんが登った回です。
蠑螺ヶ岳は、若狭湾に突き出た敦賀半島の先にそびえ、古くから若狭湾をゆく船の目印になってきたということです。
港で水揚げされるのが、福井の冬の味覚の王様「越前ガニ」。
福井県の港で水揚げされたオスのズワイガニを「越前ガニ」と呼ぶそうです。
実は越前ガニのうまさの秘密がこの山にあり、キーワードは「プールとウォータースライダー」だということで、この謎を考えながら登りました。
登っていくと、中腹あたりに、岩が溝になっている所があちこちにあり、これが「ウォータースライダー」のようでした。
蠑螺ヶ岳は、山全体が風化しやすい花崗岩で、岩が雨水により長い年月をかけて浸食し、このような溝になったということです。
その後、専門家の方が登場して、謎解きの解説をしてくれました。
それによると、若狭湾は、海岸に活断層が通っていて、断層による沈降により、カニにとって住み心地の良い水深200mのプールのような湾ができたということです。
そこへ、蠑螺ヶ岳に雨や雪が降ると、多くの山の養分が、ウォータースライダーのように一気に流れ込んで、豊かな生態系を育み、越前ガニが育つということでした。
下山のあと、2人は茹でた越前ガニを美味しそうにいただいて、満足そうでした。
福井県の中央に位置する港町、敦賀。冬が近づくと福井が誇る高級ブランド「越前ガニ」が水揚げされてくる。そんな敦賀の港から間近に臨めるのが、標高685mの「蠑螺ヶ岳(さざえがたけ)」だ。古くは若狭湾をゆく船の目印にもなってきたというこの山、実は「越前ガニ」のうまさの秘密を握っているというのだ。そのキーワードは「プールとウォータースライダー」?カニ好きのももクロ・高城れにとその謎を解きに山頂を目指す!
---
福井県敦賀市の「蠑螺ヶ岳(さざえがたけ)」に、吉田類さんとアイドルの高城れにさんが登った回です。
蠑螺ヶ岳は、若狭湾に突き出た敦賀半島の先にそびえ、古くから若狭湾をゆく船の目印になってきたということです。
港で水揚げされるのが、福井の冬の味覚の王様「越前ガニ」。
福井県の港で水揚げされたオスのズワイガニを「越前ガニ」と呼ぶそうです。
実は越前ガニのうまさの秘密がこの山にあり、キーワードは「プールとウォータースライダー」だということで、この謎を考えながら登りました。
登っていくと、中腹あたりに、岩が溝になっている所があちこちにあり、これが「ウォータースライダー」のようでした。
蠑螺ヶ岳は、山全体が風化しやすい花崗岩で、岩が雨水により長い年月をかけて浸食し、このような溝になったということです。
その後、専門家の方が登場して、謎解きの解説をしてくれました。
それによると、若狭湾は、海岸に活断層が通っていて、断層による沈降により、カニにとって住み心地の良い水深200mのプールのような湾ができたということです。
そこへ、蠑螺ヶ岳に雨や雪が降ると、多くの山の養分が、ウォータースライダーのように一気に流れ込んで、豊かな生態系を育み、越前ガニが育つということでした。
下山のあと、2人は茹でた越前ガニを美味しそうにいただいて、満足そうでした。
NHK村雨さんと日本庭園たしなみ巡り「妙心寺」
- 映画・テレビ鑑賞
(番組HPより)
元祖二刀流、あの宮本武蔵が修行した京都・妙心寺退蔵院。その庭が今回の舞台。武蔵も眺めた枯山水庭園。砂と石で表現される風景とは!?村雨さんは砂紋引きに挑戦!
---
スウェーデン出身の俳優で庭師、村雨辰剛さんが、京都・妙心寺退蔵院の枯山水庭園を巡った回です。
枯山水は、水を使わず、石・苔・砂などで、山水(自然の風景)を表現した庭園だそうです。
退蔵院の庭園「元信の庭」は、約500年前、狩野派2代目・狩野元信が、ふすまに描いた庭の絵をもとにつくった枯山水庭園で、だから、絵画のように美しい庭が生まれたということです。
もう一つの庭園「陰陽の庭」は、約60年前につくられ、陰の庭と陽の庭があり、白と黒の対比で、物事や人の心の二面性を表現しているそうです。
「不二(ふに)」という、物事を二元論で捉えてはいけませんという教えがあり、陰陽の庭には、物事を2つに分けてみるのではなく、全体と1つとして捉えなさいという教えが込められているそうです。
枯山水の表現手法である「砂紋」は、波や雲を表すために引くもので、
砂紋引きは、余計なことを考えると曲がってしまったり、自分の心の状態が現れるそうです。
村雨さんも熊手を使って砂紋引きに挑戦して、うまく引けたようでした。
元祖二刀流、あの宮本武蔵が修行した京都・妙心寺退蔵院。その庭が今回の舞台。武蔵も眺めた枯山水庭園。砂と石で表現される風景とは!?村雨さんは砂紋引きに挑戦!
---
スウェーデン出身の俳優で庭師、村雨辰剛さんが、京都・妙心寺退蔵院の枯山水庭園を巡った回です。
枯山水は、水を使わず、石・苔・砂などで、山水(自然の風景)を表現した庭園だそうです。
退蔵院の庭園「元信の庭」は、約500年前、狩野派2代目・狩野元信が、ふすまに描いた庭の絵をもとにつくった枯山水庭園で、だから、絵画のように美しい庭が生まれたということです。
もう一つの庭園「陰陽の庭」は、約60年前につくられ、陰の庭と陽の庭があり、白と黒の対比で、物事や人の心の二面性を表現しているそうです。
「不二(ふに)」という、物事を二元論で捉えてはいけませんという教えがあり、陰陽の庭には、物事を2つに分けてみるのではなく、全体と1つとして捉えなさいという教えが込められているそうです。
枯山水の表現手法である「砂紋」は、波や雲を表すために引くもので、
砂紋引きは、余計なことを考えると曲がってしまったり、自分の心の状態が現れるそうです。
村雨さんも熊手を使って砂紋引きに挑戦して、うまく引けたようでした。
NHK歴史探偵「西郷隆盛 3つのミステリー」
- 映画・テレビ鑑賞
(番組HPより)
明治維新の英雄・西郷隆盛。希代のカリスマか、反逆の象徴か―なぜ西郷は今も人々を魅了し続けるのか?謎に包まれた生涯をひも解き、“西郷どん”の知られざる素顔に迫る。
---
西郷隆盛の3つの謎を調査し、その実像に迫った回です。
3つの謎は、
①なぜ稀代のカリスマになったのか?
②なぜ自ら作った政府と戦ったのか?
③なぜ逆賊が再び人気者になったのか?
これらは西郷の若き日からの歩みを追っていくと見えてきました。
若き日の下級役人だった西郷は、思ったことを相手にぶつけてしまう性格で、周りから疎まれていたそうです。
そして、その言動が薩摩藩主・島津久光の逆鱗にふれ、沖永良部島へ島流しに。この時の経験が、西郷を大きく変えたということです。
島では、吹きさらしの狭い牢獄に入れられ、死を覚悟しますが、島の人が救いの手を差し伸べてくれたおかげで、約1年半の牢獄の日々を乗り切ることができたそうです。
この島民の無償の愛にふれ、「敬天愛人(天を敬うように人を愛す)」という思想が、西郷の根幹をなすようになったそうです。
それから薩摩藩に復帰した西郷は、周りから信頼されるようになり、明治維新の立役者として、カリスマとなっていったそうです。
しかし、西郷が鹿児島で設立した士族のための学校の生徒たちが、政府へ不満を募らせ、政府の火薬庫を襲撃してしまう事件を起こし、西南戦争が勃発。
この時、西郷は自分は関係ないと逃げることもできましたが、西郷にはそれができず、担ぎ上げられるかたちで共に戦い、敗北して散ったということです。
そんな反逆者が再び人気者になったのは、明治31年に建てられた上野公園の西郷像にあるということです。
陸軍大将なのに軍服でなく、平服で犬を連れている像の姿が、庶民的で飾り気のない西郷のイメージを確立し、親しみにつながっていったということでした。
明治維新の英雄・西郷隆盛。希代のカリスマか、反逆の象徴か―なぜ西郷は今も人々を魅了し続けるのか?謎に包まれた生涯をひも解き、“西郷どん”の知られざる素顔に迫る。
---
西郷隆盛の3つの謎を調査し、その実像に迫った回です。
3つの謎は、
①なぜ稀代のカリスマになったのか?
②なぜ自ら作った政府と戦ったのか?
③なぜ逆賊が再び人気者になったのか?
これらは西郷の若き日からの歩みを追っていくと見えてきました。
若き日の下級役人だった西郷は、思ったことを相手にぶつけてしまう性格で、周りから疎まれていたそうです。
そして、その言動が薩摩藩主・島津久光の逆鱗にふれ、沖永良部島へ島流しに。この時の経験が、西郷を大きく変えたということです。
島では、吹きさらしの狭い牢獄に入れられ、死を覚悟しますが、島の人が救いの手を差し伸べてくれたおかげで、約1年半の牢獄の日々を乗り切ることができたそうです。
この島民の無償の愛にふれ、「敬天愛人(天を敬うように人を愛す)」という思想が、西郷の根幹をなすようになったそうです。
それから薩摩藩に復帰した西郷は、周りから信頼されるようになり、明治維新の立役者として、カリスマとなっていったそうです。
しかし、西郷が鹿児島で設立した士族のための学校の生徒たちが、政府へ不満を募らせ、政府の火薬庫を襲撃してしまう事件を起こし、西南戦争が勃発。
この時、西郷は自分は関係ないと逃げることもできましたが、西郷にはそれができず、担ぎ上げられるかたちで共に戦い、敗北して散ったということです。
そんな反逆者が再び人気者になったのは、明治31年に建てられた上野公園の西郷像にあるということです。
陸軍大将なのに軍服でなく、平服で犬を連れている像の姿が、庶民的で飾り気のない西郷のイメージを確立し、親しみにつながっていったということでした。

