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​NHKドキュメント72時間「北海道・十勝 小さな日用品店で」

- 映画・テレビ鑑賞
番組HPより)
大空と大地が広がる北海道・十勝地方、芽室町にある小さな日用品店を訪ねた。食べ物・飲み物・雑貨から、ガソリン・軽油まで、生活に必要なものは大体そろう。牧場バイトを終えパンを買いに来た大学生。飼い猫と散歩にやってくる女性。往診の合間に立ち寄った獣医師。無料で利用できる休憩スペースもあって、放課後は子どもたちが勉強をしにやってくる。みんな笑顔。けど、大変なこともある。3日間、町の人々の声に耳を傾けた。

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北海道・十勝地方の町にある小さな日用品店を訪れる人たちにお話をうかがった回です。

コンビニ的なお店はここしかなく、食べ物から雑貨、車の給油まで、生活に欠かせないものが揃っていました。元あったスーパーが閉店し、NPO法人の運営により、野菜を入れてくれる農家など、地域の人たちと支えながら営まれているお店でした。

ここの休憩スペースで勉強する中学生たち、牧場でアルバイトをする大学生たち、牛の獣医師をしている女性、朝から晩まで小麦刈りをしていた農家の男性など、さまざまな人がやって来て、この地域ならではの暮らしなど、いろいろな話をしてくれました。

ここでの暮らしは穏やかである一方、大変なところもあるそうですが、
このお店が一つの拠り所になって、支え合いながら暮らされていました。
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NHK歴史探偵「藤原京と持統天皇 “世界遺産”をつくった謎の女帝」

- 映画・テレビ鑑賞
番組HPより)
ついに世界遺産!奈良県橿原市の藤原宮(藤原京の中心部)跡。ほんの90年程前まで正確な場所さえ不明だった、いわば“幻の都”は近年、平城京もしのぐ巨大な都だったことがわかってきた。完成させたのは、古代6人8代にわたって日本を治めた女性の天皇のひとり持統天皇。謎多き女帝が巨大な都をつくった理由とは?最新調査に基づく藤原京のCGと「天上の虹」作者・里中満智子さんへの取材も交え、藤原京と持統天皇の実像に迫る

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藤原京と持統天皇を調査した回です。

藤原京(奈良県橿原市)は、約1300年前、日本で初めて碁盤目状に計画的に整備された都で、奈良の平城京をもしのぐ規模だったそうです。

当時の都の姿がCGで紹介され、イメージがよく分かりました。
藤原京の中心部に「藤原宮」あり、さらに藤原宮の中心に「大極殿」があり、大極殿は、天皇を含め限られた人だけが入ることができた政治の中枢だったということです。

藤原京をつくったのは、天武天皇と皇后だった持統天皇で、途中、天武天皇が亡くなると、持統天皇が女性の天皇となって、藤原京を完成させたということです。

巨大な都をつくったわけは、国際標準の都を目指し、中央集権を実現することで、安寧の世を築こうとしたためで、さまざまな戦いや苦難を乗り越えてきた持統天皇の平和への強い願いを感じました。
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​NHKダーウィンが来た!「想定外!古生物学の大どんでん返し」

- 映画・テレビ鑑賞
番組HPより)
生きた姿を直接見られず、化石の限られた情報を頼りに研究する古生物学では、新たな化石の発見で時に従来の定説も想定外に覆ってしまう。そんな古生物研究の「大どんでんがえし」秘話をスクープ!▼小林快次博士が恐竜時代の鳥と発表した化石は全く別時代の激カワ動物だった▼再現ロボットで実験!モササウルスは泳げなかった!?▼背骨化石で判明!絶滅ザメ・メガロドンは超巨大だった!ダイナミックな古生物学研究の魅力に迫る

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古生物学の研究の魅力に迫った回です。

発見された化石から研究する古生物学では、想定外に研究が覆ることがよくあるそうで、幾つかの想定外の出来事の紹介がありました。

その一つ、北海道で発見された恐竜時代の鳥と発表された化石は、始祖鳥から今の鳥への進化の過程の謎を明らかにするカギとなる鳥とされたそうです。

しかし、その後の詳しい分析で、恐竜絶滅後の新生代の鳥だったと判明。その鳥は、「ペンギンモドキ」の化石だと分かったそうです。

ペンギンモドキは、モドキと名の付くようにペンギンではなく、ウやカツオドリの仲間とされるそうです。

ところが、この発見されたペンギンモドキの化石は、詳しく分析を進めると、モドキではなく、本当にペンギンの親戚だった可能性が出てきたということです。

そうだとすると、ペンギンが北半球で繁栄していたということになり、ペンギンの進化史を考える上で興味深いということです。

想定外から、別の新しい発見があり、そこから意外な研究成果が得られるところがあって、古生物学の魅力を感じました。
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NHKあしたが変わるトリセツショー『「お風呂」パワーで血管・筋肉・脳を健やかにSP』

- 映画・テレビ鑑賞
番組HPより)
風呂のトリセツ!いま研究者が注目するお風呂パワーを大公開!「血管メンテナンス術」「簡単インナーマッスルトレーニング」「脳が喜ぶ!ひらめき技」などをご紹介

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お風呂の健康効果を解説した回です。

お風呂に毎日入る人ほど、認知症、心疾患、脳卒中のリスクが減少する調査報告があり、病気になりにくいということです。

なぜお風呂に入ると病気になりにくいのか?

それは、お風呂の①水圧と②温熱の作用により血流が多くなることで、
入浴前から入浴後は血流が4倍にアップするそうです。

さらに、血流が「NO(一酸化窒素)」を生み出し、NOの働きにより、血管が拡張・しなやかになるそうで、言わばお風呂は「血管メンテナンス装置」だということでした。

そのほか、お風呂で運動することでインナーマッスルが鍛えられることや、シャワーを浴びることでひらめきが生まれやすいなど、さまざまなお風呂のパワーの紹介があって、ためになりました。
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​NHKブラタモリ「東京・自由が丘▽憧れの街を生んだ“自由すぎる”街づくりとは」

- 映画・テレビ鑑賞
番組HPより)
今回の舞台は東京・自由が丘。街の誕生から約100年。谷底の湿地だった場所は、なぜ憧れの街になったのか。その秘密は“自由すぎる”街づくりにあった!街の始まりといえる小さな“丘”を発見!「自由が丘」という地名がついた驚きの理由とは?自主自立の精神がヤミ市を最先端のデパートに変えた!?美しい街並みを生んだ独自の放置自転車対策とは。自由な発想と行動力がもたらした自由が丘100年の秘密にタモリが迫る!

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東京・自由が丘を訪れ、旅のお題「自由が丘ブランド100年 “自由すぎる”街づくりとは?」を解き明かした回です。

自由が丘のある場所は、もともと谷底の湿地だった場所で、農地で、地名も今と違ったそうです。しかし、関東大震災の後、都心の集中はいけないということで、100年前の昭和初め、耕地を区画整理して街がつくられていったそうです。

谷底なのに、なぜ「自由が丘」という地名なのか?
じつは、谷の地形の中に小さな“丘”のような場所があり、自由主義教育を目標に掲げた学校がこの丘につくられたそうですが、その時、学校の名前を「自由ヶ丘学園」とし、それが現在の地名につながっていったそうです。

その後も、70年前には、地元の人たちが自力でお金を出し合ってデパートを建てるなど、自由な発想と自主自立の精神で街づくりが行われ、自由が丘のブランドイメージが高まっていったそうで、意外な成り立ちの面白い街でした。
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