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番組HPより)
風情ある町並みが残り、年間200万人以上の観光客が訪れる“美しい水郷の町”滋賀・近江八幡▼安土の商人が再起をかけたのは八幡の町だった!?▼城下町の繁栄を狙い、豊臣が緻密に築き上げた最先端の商業都市。その驚きの環境とは?▼タモリ夏の必須アイテムは、近江商人が生んだ大ヒット商品だった!?▼タモリも驚き、うなった!苦難を乗り越えた商人による波乱万丈の物語。信長から豊臣、そして近江商人へと続く歩みをたどる
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滋賀・近江八幡を訪れ、旅のお題「近江商人を生んだ豊臣の町づくりとは?」を解き明かした回です。
近江八幡は、秀吉と甥の秀次がつくった町で、八幡山城を築いて、その城下町に安土の商人たちを移住させたということです。
そうして豊臣は、運河や排水を整備するなどして、信長がつくった安土を超える町を作ろうとしたということです。
秀吉は、秀次を後継者にしようと考え、この近江八幡の領地を秀次に与えたそうです。ところが、秀吉に実の子・秀頼ができたことで、秀次は謀反の疑いをかけられて切腹させられ、八幡山城は廃城となったそうです。
残った八幡の商人たちは、武士に頼るのをやめて、外へ行商へ出て全国に進出。それが近江商人となったそうで、安土・近江八幡と移り住み、苦難を乗り越えて近江商人たちが生まれたことがよく分かりました。