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番組HPより)
今回は、織田と豊臣の“まちづくり”スペシャル!織田信長の「安土」、豊臣秀吉・秀次の「近江八幡」――琵琶湖周辺の2つの町が舞台の回を、“まちづくり”という視点でギュッとまとめることで、それぞれの発想とねらいが明らかに!天下人たちが描いた理想のまちづくりに、タモリさんが迫ります。
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織田と豊臣のまちづくりについて、以前に放送した回を振り返った回です。
織田信長は、琵琶湖そばの「安土」を拠点に、天下統一を見据えた理想の城とまちづくりを目指したということです。
安土城は、天主が完成して3年後に本能寺の変で信長が自害。
安土城は焼失しますが、のちの城づくりに大きな影響を与え、①高層天守、②高い石垣、③瓦ぶきの3つの要素は、城の定番となっていったそうです。
まちづくりでは、琵琶湖を中心に水運で全国の流通を支配しようとし、楽市楽座で全国から商人を集めて、経済を豊かにしたそうです。
信長亡き後、豊臣秀吉と甥の秀次が、安土の近くの「近江八幡」に町をつくり、安土の商人たちを移し、信長を超える町をつくろうとしたということです。
ここで生まれた近江商人たちは、琵琶湖を拠点に全国で活躍。
全国に支店を作って商売を拡大していったそうです。
安土も近江八幡も、のちのまちづくりのモデルとなっていく先進的な町だったことがよく分かりました。