​NHK100分de名著「デュルケーム“社会分業論” (3)「連帯」とそれをはばむもの」

- 映画・テレビ鑑賞
番組HPより)
急速な近代化によって進む「個人化」。だがそれにより社会がばらばらになるわけではない。自律的個人は、それぞれが異なるからこそ専門的な社会機能を担う役割を分担する。

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デュルケームの「社会分業論」を読み解くシリーズの第3回です。

今回は、自由な個人と社会を結びつける方策について考えました。

デュルケームは、バラバラに孤立した自由な個人は、「分業」という仕事のやり方を通して社会とつながっていくと考えたそうです。

近代化によって個人化が進んだ社会では、個人の価値観も仕事もみんな同じではなく、社会はかつてのように単純ではなく、人間どうしの関わりもそれぞれ違います。
しかし逆に、それぞれ違うからこそ、人と人は足りないものを補い合い、つながっていけるのではないか、そうデュルケームは考えたそうです。

デュルケームは、社会的分業が個々人を相互に依存させ、つなぎ合わせて、社会の連帯が生まれていくと考えたということです。

しかし現実には、個々人の間に適切なルールがないために分業に混乱が起きたり、厳格な上下関係や伝統的なしきたりがあるために若手など人材を生かせなかったり、お互いの連携不足のために仕事がうまくいかなったり、連帯を生むはずの分業が人々の対立を生み出してしまうケースがあるということです。

こうした問題に対してデュルケームは、同じ仲間である、心・精神的なつながりといった「連帯感」が大事で、そういうものを伴わないと上記のようなケースに陥り、本当の分業、本当の連帯とは言えないと考えたということで、現代にもよく当てはまり、ヒントになる考えだと思いました。
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