​NHKブラタモリ「函館・五稜郭▼“幕末の要塞”なぜ星形に?新選組土方歳三の最期」

- 映画・テレビ鑑賞
番組HPより)
旅の舞台は函館・五稜郭▼100万ドルの夜景で知られる函館山からスタートし、激動の時代に翻弄された“幕末の要塞”の謎に迫る旅へ。驚きの全貌&誕生のヒミツがタワーからの眺めで明らかに!“難攻不落”防御のカギは星形にあり?知られざる“もうひとつの五稜郭”その痕跡を発見!新選組・土方歳三の壮絶な最期、運命を決めたのは?日本の転換点となった戊辰戦争最後の戦い、決戦の地でタモリが聞いた“幕末の音”とは!?

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函館・五稜郭の秘密を解き明かした回です。

幕末、ペリーが来航して下田と函館を開港することになり、五稜郭は、外国の脅威に備えて要塞としてつくられたということです。

独特の形は、16世紀ごろにヨーロッパで普及していた星形の要塞をモデルにしたもので、死角を無くすことで、敵がどこから攻めてきても、複数の場所から攻撃でき、このような星形になっているということです。

そんな難攻不落の要塞ですが、実際には、外国の軍事的な脅威は感じられず、外国との戦いには使われず、その後、旧幕府軍と新政府軍による函館戦争の舞台として、日本人どうしの戦いの場に使われたということで、皮肉なことと思われました。

一方、知られざるもう一つの五稜郭があったということです。
それは、同時期に、海を埋め立ててつくられた「弁天岬台場」という函館の最前線を守る台場で、解体されて、今は痕跡だけが残っていました。

この弁天岬台場は、旧幕府軍の新選組が拠点としていた場所で、ここが攻め込まれたとき、五稜郭にいた土方歳三が助けに向かう途中で撃たれて、降伏、戊辰戦争の終結へとつながっていったということです。

激動の時代を物語る2つの要塞でした。
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