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番組HPより)
中大兄皇子が蘇我氏を倒した事件「大化改新」。じつはこの「大化改新」は日本という国の在り方を定めた一大改革でもあった。大実験をまじえ古代の大改革を徹底調査する。
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大化改新を調査した回です。
大化改新は、645年、中大兄皇子が蘇我入鹿を暗殺した事件と教わりましたが、この事件は正確には「乙巳の変(いっしのへん)」と呼ばれるそうです。
大化改新は、中大兄皇子が国家体制を変えるために起こしたこの事件を始まりとした、50年以上に渡る大改革のことだということです。
こうして中大兄皇子と孝徳天皇が大化改新を始めますが、両者が対立。
孝徳天皇が崩御して、改革は一度中断されたそうです。
その後、白村江の戦いで日本が敗れると、唐の脅威から国を守るために、中大兄皇子が大化改新を再開。まず、国防に取り組み、各地に城を築いたそうです。
それから、中大兄皇子は天智天皇となって、日本初の戸籍「庚午年籍(こうごねんじゃく)」を作って全国の民を管理しようとするなど、改革を進めました。
しかし、天智天皇が崩御すると、後継者を巡って「壬申の乱」が起こり、大海人皇子(天智天皇の弟)と大友皇子(天智天皇の息子)が戦ったということです。
そして戦いの末、大海人皇子が勝利。
即位して天武天皇になり、絶低的な君主として君臨。その強い力で制度や法律を施行して、安定的な政治を行い、大化改新は完成を迎えたそうです。
最初の法典・大宝律令の元型が作られ、天皇・日本という言葉もこの頃から使われだしたそうで、50年に渡り様々な出来事を経て、大化改新が日本の礎を築いたことを知りました。